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恋というから、愛に行く

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愛は恋より重いのか?

最近のマイブーム。

ランチに乗馬コースデート。

国賓御用達のシェフが腕を振るう贅沢なお店がある。

      サーモンサラダ

しかも、お値段は至ってリーゾナブル。

      イノシシ肉のペーストと米粉パン、ピクルス添え

はっきり言ってクセになってます。

      鶏肉(ホール)のココナツ煮込み

昨日、その行きつけのイタリア料理店で

思いがけなく即興コンサートが始まった。

(それも、真昼間)

お坊さん風のいで立ちだが、

ナント、「英国王立音楽大学」出身の

れっきとしたプロのシンガーソングライター。

弾き語りはかねての小椋佳を彷彿とさせる甘い歌声。

「愛」と「平和」と「安らぎ」をテーマに演奏し続けているそうだ。

どこに行っても、何をしても

素晴らしいご縁に巡り合い、

有り難いことばかりが起きる。

これはもう感動・感激・感謝以外の何ものでもない。

さて、話は変わるが、

愛には、

多くの人に対する広い愛と、

特定の人に対する深い愛がある。

広ければ浅いかというと、

必ずしもそうではなく、

深ければ狭いかというと、

そうとは限らない。

それは、

その人それぞれの度量によって違ってくる。

(度量とは、広くおおらかな心のことを指す)

どっちが良い悪いということではない。

ただ、

あまねく愛を与えるなら、

一人一人には深くかかわってはいられないだろう。

いわゆる博愛である。

※ 博愛主義者の具体的な特徴について。

1.誰に対してもすぐに心を開くことができる
2.誰に対しても、平等に優しさを見せる
3.困っている人には迷わず手を差し伸べる
4.徹底した平等主義者なので、特別扱いしてほしいという人からは疎まれることもある

一方、特定の人を愛するなら、

偏執に陥る危険性を孕む。

(偏執とは、
かたよった考えをかたくなに守って他の意見に耳をかさないことを意味する)

全体の利益や安全を優先するか、

個人の利益や安全を優先するかに似ている。

今のボクは、

特定の人を愛することに臆病になっている。

心の傷は思ったより深い。

(トラウマと言ってよいほど)

だからといって、

恋心を失ったわけではない。

常に誰かに、あるいは何かに恋をしている。

「恋心」を無くせば、

一気に老いるだろう。

「恋心」は、

若さの特効薬なのだ。

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