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Beach Love

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ホイアンのビーチ物語

最近ベトナムでは中部の都市、ダナンが急激に人気を博している。

日本からの直行便も出るようになったほどだ。

(それまでは、ハノイ、ホーチミンだけだった)

南シナ海を望むビーチの美しさもその秘密の一つだ。

そのお隣のホイアンにもビーチがある。

行って見ようと思った。

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ホテルのフロントで行き方を尋ねる。

5kmほど離れているという。

歩くのはちょっと遠い。

タクシーで行くか、

バイクにするか自転車にするかと聞かれた。

タクシーじゃ味気ないと思い、バイクタクシーを頼んだ。

そうすると、鍵を渡された。

「?」

「表にバイクがあるよ」

「え?自分で運転するの?」

「そう」

そんな簡単でいいん?と思ったが、

道も分からないし、

ビールも飲むんだから、ここは危ないでしょう、と判断。

(免許証の確認もない。

乗れて当然といった様子))

自転車も、この炎天下、倒れでもしたら元も子もない。

結局、無難にタクシーで行くことにした。

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結構な人の出だ。

そうか、日曜なので家族連れも多いのだ。

ヤシの葉でできたパラソルの下のデッキチェアに寝そべって早速ビールを所望。

一つ置いたデッキチェアにいるグラマーなブロンドの女の子に話しかける。

珍しくアメリカ(シカゴ)から来たという。

赤い水着とプラチナブロンドのショートヘアがひときわ目を引く

ジャネットリン(分かるかな?)似の

アメリカ人らしい気さくな子だ。

ベトナムを訪れるアメリカ人に遭遇するのは久しぶりだ。

出くわすほとんどの白人はヨーロッパ人(主にフランス人)だから。

ボクがハノイの旧市街でカフェをやっていたときにも、

接客したアメリカ人の客は中年の男性一人だった。

彼はボクとビールを飲み交わしながら、ポツリとつぶやいた。

「アメリカはベトナムに謝らなければならない。

もちろん、日本にもね」

ベトナム戦争(60年代後半から'75年まで)において、

アメリカは空爆などで枯葉剤を撒くなど悲惨な攻撃を行った。

今もその影響は残っている。

(奇しくも、今まさに歴史的米朝会談が行われようとしている)

ただ、このホイアンは戦火から免れている。

京都と同じように。

ジャネットリンは、何を想いここへ来たのだろう。

3週間ほど東南アジアを旅しているそうだ。

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独り旅で困るのは、

駅などで、荷物を置いてトイレに行くときと

こうした海辺で泳ぐときだ。

貴重品は肌身離さず身につけていなければならない。

ところが、

現金(紙幣)、スマホ、カメラなどが水に浸けられない。

こいうときにお隣さんに頼むという手がある。

お互いに、

「見ててね (Could you watch my bag?)」とか言い合って

交互に行くのだ。

お互い旅行者同士の暗黙の了解みたいなものがある。

彼女は先に帰っていった。

ボクは夕方6時くらいまでノンビリビールを飲み、

食事を頼んだ。


ホイアン名物のカオラウ(スープの無いお米のヌードル)

持ってきてくれるから動かなくていい。

ホテルに帰ってもプールでひと泳ぎ。

そして、

ホイアン最後の夜は、

旧市街に出て、川面に浮かぶランタンを見ながら、

デザートにチェ(Che)を頂いた。

(Cheとは、小豆などいろんなトッピングを入れたかき氷のようなもの)

また誰かと来たいと思わせる、いい町だ。

【余談】

ベトナム人の多くが金のネックレスをしている。

子供までだ。

このビーチに来ていた赤ちゃんまでしていたので、

写真をパチリ。

しかも、金のピアスまでも(分かるかな)。

紙幣(ドン)を全く信用してないようだ。

ちなみに20,000ドン札の裏には

ここのホイアンの通称「日本人橋(カバーブリッジ)」が綺麗に描かれている。

多分知る人は少ないと思うが。

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